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2019.10.16

当館獣医師が世界で初めてバンドウイルカ母子間におけるボリコナゾール(抗真菌剤)の薬物動態を解明

名古屋港水族館で飼育しているバンドウイルカ母子において、抗真菌剤の一種であるボリコナゾール(VRCZ)の薬物動態に関する新たな知見が得られ、その研究結果がイギリスの国際医学真菌学雑誌Medical Mycologyに掲載されましたので、お知らせします。
世界初となる知見を得た本研究は、飼育個体、野生個体を問わずバンドウイルカを含む鯨類で最も多い疾患である「呼吸器疾患」(細菌や真菌に起因した肺炎など)の治療薬に注目したものです。呼吸器真菌感染症は、妊娠中や授乳中の鯨類も罹患する可能性があるため、本研究結果が今後妊娠、授乳期にある鯨類の健康管理において非常に有益な情報になるものと期待されます。また、ヒト医療の分野においても妊娠、授乳期におけるVRCZの治験がないことから、鯨類で得られた本研究結果が今後、ヒト医療の分野においても応用されることが期待されます。

ヒトや実験動物においては、様々な薬剤が胎盤や乳汁を介して子へ移行することが報告されています(胎盤移行と乳汁移行)。しかし、抗真菌剤の1つであるボリコナゾール(VRCZ)に関しては実験動物(ラット・ウサギ)で胎盤移行の報告があるだけで、それ以外の知見については報告がありませんでした。
一方、バンドウイルカを含む鯨類では野生下、飼育下に関わらず、最も多い疾患が「呼吸器疾患」(細菌や真菌に起因した肺炎など)と言われており、妊娠中や授乳中のバンドウイルカにおいても呼吸器真菌感染症が起こることが想定されます。また、今日ヒトにおける医療だけでなく、バンドウイルカを含む鯨類においても真菌症治療にはVRCZが最もよく使用されていることから、妊娠中や授乳中のバンドウイルカにおいてもVRCZが使用されることが想定されます。
そこで本研究では、バンドウイルカにおいてVRCZが胎盤および乳汁移行するのか、妊娠中および授乳中にVRCZを使用することが安全であるのかを把握することは重要であると考え、妊娠中および授乳中のバンドウイルカの呼吸器真菌感染症をVRCZで治療するとともに、VRCZがバンドウイルカの胎盤や乳汁を介して子へ移行することを世界で初めて発見しました。さらに、これまで胎盤移行の報告があったラット・ウサギの胎盤形態が血絨毛胎盤であるのに対して、バンドウイルカは上皮絨毛胎盤であることから、この発見が上皮絨毛型胎盤の動物種において初めての知見となりました。

<研究結果概要>
①VRCZを投与された母親バンドウイルカの臍帯血(出産直後に採取)からVRCZを検出した。
②VRCZを投与された母親バンドウイルカから出生した子イルカの血液(出生直後に採取)からVRCZを検出した。
③VRCZを投与された母親バンドウイルカの乳汁からVRCZを検出した。
④VRCZを投与された母親バンドウイルカの乳汁を摂取した子イルカの血液からVRCZを
検出した。
⑤VRCZを投与された母親バンドウイルカのM/P比(Milk/Plasma比)(乳汁中/血漿中のVRCZ濃度比;1.66±0.27(n=134))がヒト(1.0)よりも高値であることを発見した。
⑥子イルカの乳汁摂取量が低下するにつれて(餌の魚を食べ始めるにつれて、餌の魚の摂取量が増加するにつれて)、子イルカの血中VRCZ濃度が低下することを発見した。
⑦VRCZを投与中、母子バンドウイルカともに副作用は認められなかった。
⑧VRCZを投与しなかった母親バンドウイルカの血液、臍帯血、乳汁、およびその子イルカの血液からVRCZは検出されなかった。

本研究で得られた知見は、飼育下でしか得ることができない結果です。今後、妊娠中および授乳中の飼育下鯨類(バンドウイルカを含む)において、真菌症治療時に非常に有益な情報になると考えられます。名古屋港水族館では、今後もバンドウイルカを含む鯨類を健康に長期飼育することに全力を尽くし、その一方で獣医療にフィードバックできるような研究を推進し、種の保存に貢献したいと考えています。

なお、本研究の詳細は、以下のイギリスの国際医学真菌学雑誌に掲載されています。
掲載雑誌:Medical Mycology
タイトル:Placental and breastmilk transfer of voriconazole to offspring from pregnant and lactating bottlenose dolphins (Tursiops truncatus)
DOI:10.1093/mmy/myz086
著者:大野 佳1,小林 真理沙1,阿久根 雄一郎1, 猪島 康雄2,3
(1名古屋港水族館,2岐阜大学・共同獣医学科・食品環境衛生学,3岐阜大学・家畜衛生地域連携教育研究センター)

本研究結果につきましては、以下の学会にて発表しております。
・2019年度中部地区獣医師大会 獣医学術中部地区学会 日本獣医公衆衛生学会(中部)(2019年8月24日~8月25日、長野県)
・第25回日本野生動物医学会(2019年8月30日~9月1日、山口大学)
優秀口頭発表賞 受賞