2024.07.11 調査
アカウミガメの回遊経路調査
子ガメの行方
アカウミガメの中でも北太平洋域に生息するグループは、日本沿岸を唯一の産卵場としていますが、日本の海岸で生まれ大海原に旅立った子ガメはどこでどのような生活をしているのかその回遊生態の全容はほとんど解明されていません。しかし、メキシコのバハカリフォルニア半島沿岸には亜成体と呼ばれる未成熟の若い個体が多数生息していることが確認されていることから日本の海岸を旅立った子ガメは、黒潮と北太平洋海流によりアメリカ沿岸域まで運ばれ成長し、大きくなると北赤道海流に乗って再び日本沿岸に戻ってくるのではないかと考えられてきました。
子ガメの回遊を追う!
名古屋港水族館ではアメリカの研究機関などと共同で子ガメの回遊経路に関する調査を長年行ってきました。その調査とは甲羅に位置情報を発信する送信機を取り付けた当館生まれの幼い子ガメを放流し、人工衛星を用いてその行動を追跡するというもので、放流した幼いアカウミガメ全231頭の15年間のデータからほとんどの個体は北太平洋中央部で過ごしていることがわかりました。つまり、この辺りが彼らの成長にとって重要な育成場になっているのでした。
しかし、この調査からはメキシコ沖に多く生息する若いアカウミガメの分布に関する説明が付かず、この二つの遠く離れた生息地を結びつける回遊メカニズムの謎は残されたままとなりました。ところが、我々が放流したアカウミガメのほとんどが北太平洋中央部に留まった一方、例外的に東に進み続けメキシコ沖に到達した、たった6頭のアカウミガメの存在がその謎を解く手がかりになりそうだということがわかってきたのでした。
新たな調査プロジェクト「STRETCH(ストレッチ)」のスタート
6頭のアカウミガメの航跡と海水温などの海洋環境データを詳細に解析したところ、例外的に温暖な海洋条件の時に東へ進みメキシコ沖へ到達していたことがわかりました。これらの結果をもとに、二つの海域をつなぐ渡り廊下のような役割をする「暖かい海水の道=熱回廊」が時折発生し、そこをアカウミガメが通過しているのではないか?という新しい仮説「熱回廊仮説」が唱えられました。(Briscoe et al.2021)つまりこの仮説からは海水温の異常な上昇を引き起こすエルニーニョ現象がアカウミガメの回遊生態に大きな影響を与えている可能性があると考えられるのです。
この仮説を検証するために国際的な研究者たちで構成された調査プロジェクトが2022年に立ち上がり、我々も参画することになりました。
「Sea Turtle Research Experiment on the Thermal Corridor Hypothesis(熱回廊仮説に関するウミガメの研究)」というタイトルの頭文字から「STRETCH(ストレッチ)」と名付けられたこのプロジェクトは2023年から4年間に渡り毎年25頭のアカウミガメを北太平洋中部東端のほぼ同じ海域から放流し、その回遊経路の追跡を行うものです。
「STRETCH」から見えてくるもの
本プロジェクトにおける第1回目の放流は2023年7月11日に実施されました。ウミガメの放流ポイントは北太平洋中部東端の海域です。
(株)商船三井様のご協力を賜り日本から出港しパナマ運河を通過してカリブ海へ向かう国際船舶に乗船させていただき、現場海域にて無事にウミガメの放流を行うことができました。
この時放流した25頭のウミガメの位置情報は人工衛星を介して正確に受信され、行動の追跡が可能であったことから1回目の放流は成功したといえます。放流後のほとんどのウミガメたちは放流地点から北に向かって回遊し、9月上旬頃からはUターンするように南寄りの進路に変わりました。その後、そこからは東西に分かれたルートを回遊しています。(10月末現在)これらのリアルタイムの位置情報は本プロジェクトに関する公式ウェブサイトにていつでも確認することができます。
さて、このプロジェクト「STRETCH」から何が分かるようになるでしょうか。提唱された仮説が正しければ、エルニーニョ現象のような気象変動がもたらすアカウミガメの生息域の変化について確度の高い予測が可能になると考えられます。そのような予測は絶滅の危機に瀕している本種の効果的な保全にきっと役立つに違いありません。
アカウミガメの回遊生態の解明と保全に向けた新しい調査プロジェクトは大きな期待とともに動き始めました。
STRETCHに関するニュース
2024.07.11 「北太平洋でのアカウミガメ回遊経路調査2024」放流が完了し、位置情報が公式サイトでご覧いただけます
2024.06.11 「北太平洋でのアカウミガメ回遊経路調査2024」について
2023.7.14 北太平洋でのアカウミガメ回遊経路調査で放流が完了し、位置情報が公式サイトでご覧いただけます
2023.06.15 「北太平洋でのアカウミガメ回遊経路調査」の実施について