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スタッフコラム COLUMN

2024.06.05 シャチ

シャチがシャチじゃなくなる?

今回は長文ですが、シャチに興味のある人はぜひ読んでみてください。

 

シャチは世界中にすんでいて、イルカを食べるシャチがいたり、魚を食べるシャチがいたり、各地でいろいろな食文化のようなものを発達させている、とこれまで解説してきましたが、2024年3月に、このシャチのうち一部を別種にしましょう!という論文が発表されました。

世界中にすんでいるシャチの中から、太平洋北部でイルカ、クジラ、アザラシなどの哺乳類を食べるシャチと、同じく太平洋北部でサケなどの魚類を食べるシャチをそれぞれ別種にしましょう。残りのシャチはまとめて1種としておいて、シャチを全部で3種に分けましょう、ということなのです。

シャチは英語でKiller whale(キラーホエール)、学名(世界共通の科学的な生物の名前)をOrcinus orca(オルキヌス オルカ)といいます。(カタカナの部分は発音次第なので、人によって書き方が変わる場合もあります。)

今回別種にしようと言われた太平洋北部の哺乳類食性のシャチは英名がBigg’s killer whale、学名がOrcinus rectipinnus(オルキヌス レクティピンヌス)となるそうです。英名はBigg博士というシャチの研究者の名前に由来しています。

太平洋北部の魚食性のシャチは英名がresident killer whale、学名がOrcinus ater(オルキヌス アテル)となるそうです。英名は定住性のシャチという意味ですが、実は北米の先住民の言葉から名付けたいそうで、英名は将来変わるかもしれません。

ということで、現時点ではシャチを3種に分けましょうという論文が発表された段階ですが、今後、海生哺乳類学会の分類委員会で承認されれば、いよいよシャチが3種に分かれることになっていきます。

さて、この場合私たちが今までシャチと呼んできた動物たちに影響はあるのでしょうか?

まずは、現在飼育中のリンとアース。

リンとアースは大西洋のシャチですので、変更はありません。Orcinus orcaです。

かつて飼育していたクーとナミはどうでしょう。

クーとナミは日本、つまり北部太平洋のシャチです。クーとナミはいくつかの特徴から考えるとOrcinus rectipinnusである可能性が考えられます。

私が北海道の羅臼町の海で見てきたシャチはどうでしょう。

こちらの写真のシャチは背中の模様の特徴からOrcinus aterだと思います。実は羅臼には哺乳類食性のシャチも来遊することがわかっていますので、Orcinus rectipinnusに出会う可能性もあります。さらには実は太平洋北部にはもっぱらサメを食べるシャチもいて、これは現状ではOrcinus orcaのままですので、Orcinus orcaに出会う可能性もあります。

さてこの、Orcinus rectipinnusとOrcinus aterの和名は何になるのでしょうか。体が大きいからオオシャチとか、太平洋にいるからタイヘイヨウシャチとか、アイヌ語からとって、レプンカムイとか、あるいは以前使われていたサカマタとか。専門家の先生方が提唱されることになると思いますが、今なら自分でいろいろと想像して楽しめます。

さて、例えばOrcinus rectipinnusがセイタカシャチという和名になったとします。以前飼育していたシャチのクーは、セイタカシャチのクーと言わなければならないのでしょうか?オルカと呼んではいけないのでしょうか。

 

実はそんなことにはならないのではないかと思います。

例えば、サイのことを考えてみましょう。サイにはインドサイとかシロサイとかいくつかの種類がありますが、日常会話では区別せずにサイと言っても間違いではありません。バンドウイルカもカマイルカもまとめてイルカと呼んで問題はありません。サイやイルカと同じくシャチも一般的に広く知られている言葉ですので、普段の会話でセイタカシャチをシャチと呼んでも問題はないと思います。

Orcinus rectipinnusがサカマタという和名になったとします。この場合は、サカマタのクーをシャチのクーと呼ぶと、「これはシャチではない。サカマタだ。」と言い返す人も出てくるかもしれません。サカマタという言葉は、若い人にはなじみがないかもしれませんが、30年40年前まではシャチのことをサカマタと呼ぶ場合も多かったのです。ということで、サカマタという呼び名にすんなりなじんで、シャチとサカマタをきっちり呼び分ける方もいるかもしれないというだけの話です。

オルカという呼び名についてはどうでしょうか。レクティピンヌスとかアテルと言わないといけないのでしょうか。実は、オルカというのは学名ではあるのですが、あまりにも一般的になりすぎて、英語でもキラーホエールでなくオルカと言う場合もあるのです。あるいはスペイン語などでもシャチのことをオルカといいます。となると、今シャチのことをオルカと呼んでいる人は、レクティピンヌスやアテルのことを引き続きオルカと呼んでも特に問題ないのではないかと思います。

シャチが3種に分かれた場合、生物学的にきちんと説明するときには、それぞれの正しい和名と正しい学名を使用する必要があります。しかし、日常会話では「私はシャチが好き」と変わらず言っていても何も問題ないということになるのだろうと思っています。

 

さいごに

将来的には、シャチはもっとたくさんの種類に分かれる可能性もあります。そうすると、「シャチは世界中にすんでいます。」と言えなくなるのが少しだけ残念です。しかし、地域ごとに別種になると、世界中にたくさんいると思っていたシャチが、実はこの〇〇シャチは数が減ってきていて絶滅の危機だ、というようなことが起きるかもしれません。保全を考える上では、その生物種の実像をしっかりと知るということがとても大事なことなのです。

 

飼育展示第二課 神田 幸司